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京都地方裁判所 昭和62年(行ウ)11号 判決 1988年3月29日

京都市左京区聖護院東町15番地

原告

株式会社山秀

右代表者代表取締役

山本房子

右訴訟代理人弁護士

柴田定治

京都市左京区聖護院円頓美町18番地

被告

左京税務署長 森下巳代治

右指定代理人

細井淳久

外5名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告が原告に対し昭和60年6月29日付でした原告の昭和58年9月1日から昭和59年8月31日までの事業年度(以下,係争事業年度という)の法人税の更正処分並びに加算税賦課決定処分(裁決により一部取り消された後のもの)を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二主張

一  請求の原因

1  原告は,肩書住所地において仕出業等を営む同族会社であるが,被告に対し,係争事業年度の法人税につき,法定申告期限までに,次のとおりの確定申告をした。

所得金額 5,150,737円

納付すべき税額 1,383,300円

2  被告は,昭和60年6月29日付で原告に対し,次のとおりの係争事業年度の法人税の更正処分並びに加算税賦課決定処分(以下,これらの処分を本件処分という)をした。

所得金額 12,644,040円

納付すべき税額 4,267,300円

重加算税額 864,000円

3  原告は,本件処分につき昭和60年8月21日に審査請求をした。

4  国税不服審判所長は,昭和61年11月29日付で原告に対し,更正処分に対する審査請求を棄却し,加算税賦課決定処分の加算税額864,000円のうち210,000円を過少申告加算税とし,その余の部分を取消す裁決をした。

5  しかし,昭和58年10月京都商工会議所から京都中央信用金庫百万遍支店の別表記載の各普通預金口座に退職一時金として振込入金された金員合計7,767,260円は原告の収益ではなく,本件処分は失当であるから,その取消を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし4の事実は認める。

三  抗弁

1  原告は,従前から,事業主である原告が共済契約者となり,京都商工会議所を共済者,別表預金名義欄記載の従業員(以下,本件従業員という)らを被共済者とする,京都商工会議所特定退職金共済制度に基づく退職共済契約(以下,本件退職金共済契約という)を締結し,その掛金を納入し,その額を損金に算入してきた。右契約に関する規約は別紙特定退職金共済制度規約のとおりである。

2  原告は,昭和58年10月,京都商工会議所に対し本件従業員がいずれも昭和58年8月31日に退職したので退職一時金を京都中央信用金庫百万遍支店の本件従業員名義の普通預金口座(以下,本件預金口座という)に支払われたいとの請求書を提出し,これにより,京都商工会議所から退職一時金として本件預金口座に別表振込金額欄記載のとおり合計7,767,260円の振込入金(以下,本件振込金という)を受けた。

3  本件預金口座の開設に至る経過及び本件振込金の管理等

(一) 原告は,京都商工会議所から交付された退職金共済制度被共済者証を被共済者である本件従業員に交付していなかった。

(二) 本件従業員に昭和58年8月31日に退職した者はいない。

(三) 原告は,昭和58年9月8日,本件従業員に無断で,その有合印を利用し,その住所を原告所在地とする本件預金口座を開設し,本件預金口座の振込入金について預金名義人に対する通知を不要とした。

(四) 原告は,本件預金口座の届出印(前記の有合印)を管理しており,昭和58年11月28日,預金名義人に無断で,村下実名義の本件預金口座から40,010円,小崎常夫名義の本件預金口座から274,810円の払戻を受けた。

(五) 原告は,本件従業員に右2,3(三),(四)の事実を知らせていない。

4  本件振込金の昭和59年3月11日までの預金利息は合計40,843円である。

5  原告は,昭和58年10月19日付で退職した本件従業員村下実に対し退職金40,000円,同年11月20日付で退職した本件従業員小崎常夫に対し退職金274,800円の合計314,800円を支払った。

6  以上によれば,本件振込金は原告の係争事業年度の収益と解されるべきものであるから,原告の係争事業年度の所得金額は,その申告額5,150,737円に本件振込金合計7,767,260円とその利息合計40,843円とを加算し,右支払退職金合計314,800円を控除した12,644,040円となり,その納付すべき税額は4,267,300円となり,過少申告加算税の額は210,000円となること,裁決により一部取り消された後の本件処分のとおりである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2の事実は認める。

原告は,かねてから京都商工会議所の委嘱保険会社である大同生命保険外交員である訴外大野光枝から「京都商工会議所・特定退職金制度・大野光枝」との名刺を示されて同人を公的機関から派遣された者と思い込んで信頼し,本件退職金共済契約に関する加入,増口,脱退等の諸手続につき,その指導に従っていたところ,昭和58年9月ころ,同人から,退職金制度に関する内規が一部改正されるので,本件退職金共済契約を一旦解除し,改めて再加入する方が得策であるとの指導を受け,この指導に従って抗弁2の手続をし,昭和58年11月,改めて新規の退職金共済契約を締結した。

3  抗弁3の事実は全て認める。

しかし,

(一) 本件従業員に退職金共済制度被共済者証を交付しなかったのは,その紛失防止等のためである。本件従業員らも原告が職業安定所に提出している求人公開カード(求人票)の記載によって本件退職金共済契約の存在を知っていた。

(二) 昭和58年9月14日付特定退職金共済制度脱退通知書兼退職(遺族)一時金請求書を提出したのは,このようにしないと解約手当金が支給されないと大野に指示されたためである。

(三) 本件預金口座の開設に使用した有合印は本件従業員らが原告に預けていたものであり,本件従業員の住所を原告の本店所在地としたのは大野の指導による。

(四) 本件振込金は,その後,本件預金口座から定期預金に移されているが,これらの預金通帳は,当初から原告の総務部長で従業員の親睦会である若秀会の会費の保管等を担当している本件従業員細谷祐三が保管している。

(五) 原告が本件振込金を本件従業員に渡さなかったのは,その誤解を懸念したためであり,特に隠蔽したものではない。

4  抗弁4の事実は認める。

5  抗弁5の事実は認める。

6  本件振込金及びその利息は原告が本件退職金共済契約に基づきその掛金を納入した時点で被共済者である本件従業員に帰属しており,原告の収益とはならない。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の証拠に関する調書記載のとおり。

理由

一  請求の原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

二  原告は,本件振込金は原告の収益ではないと主張するものの,抗弁事実は全て認める。

1  まず,当事者間に争いがない抗弁事実によれば,原告は,従前から京都商工会議所との間で本件従業員を被共済者とする本件退職金共済契約を締結し,その掛金を納入し,これを損金に算入してきたのであるから,本件振込金が原告に帰属するとすれば,一度損金としたものが再び原告に帰属するに至ったこととなり,これが原告の収益となること多言を要しない。

2  そこで,本件預金口座の本件振込金が,その名義人である本件従業員に帰属するか,原告に帰属するかを検討するに,預金の帰属を決するにあたっては,金員の出所,預金の目的,預金の使途,預金手続等の行為者,預金証書及び印鑑等の管理状況,関係者の認識等の諸点を総合してその帰属を決すべきである。

当事者間に争いがない抗弁事実,成立に争いがない甲2号証,4号証,5号証ないし10号証の各1及び2,11号証の1ないし6,原本の存在と成立に争いがない甲12号証,証人山本崇一朗の証言により真正に成立したと認める甲3号証の1ないし5(甲3号証の5のうち官公署作成部分は当事者間に争いがない),同証言及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(一)  金員の出所

本件振込金の出所は,抗弁1ないし3のとおり,本件従業員に支払われるべき退職一時金であって,原告には,これを受ける権限がない。しかし,本件従業員に昭和58年8月31日に退職した者はいない。

(二)  預金の目的

原告は,将来本件従業員が退職したときに支払うべき退職金として使用する目的の下に,本件預金口座を開設した。しかし,原告は,退職金の額について明確な規程に拠らずその都度適宜にこれを決している。

(三)  預金の使途

原告は,退職者名義の本件預金口座から払戻を受けて,昭和58年10月19日付で退職した本件従業員村下実に対し退職金40,000円を,同年11月20日付で退職した本件従業員小崎常夫に対し退職金274,800円の合計314,800円を支払った。しかし,被告は右支払を損金として所得金額から控除している。

(四)  預金手続等の行為者

原告が本件預金口座の開設に使用した右有合印は本件従業員らが原告に預けていたものである。しかし,原告は,本件従業員に無断で,右有合印を使用して本件預金口座を開設した。

(五)  預金証書及び印鑑等の管理状況

本件振込金は,その後,本件預金口座から定期預金に移されているが,これらの預金通帳は,当初から,原告の総務部長で従業員の親睦会である若秀会の会費の保管等を担当している本件従業員細谷祐三が保管していた。しかし,本件預金口座の届出印は原告の専務取締役山本崇一朗が管理しており,同人の同意がない限り本件振込金の払戻を受けられない。

(六)  関係者の認識

原告は,従業員を採用する際には本件退職金共済契約に加入している旨を明らかにしていた。しかし,原告は,本件従業員に退職金共済制度共済者証を交付しておらず,本件従業員に知らせることなく,その住所を原告所在地として本件預金口座を開設したもので,本件振込金を,共済契約を解約して受領した金員との程度の認識をしていた。

3  以上の事実によれば,本件預金口座は本件従業員名義ではあるが,本件振込金は,原告に帰属するものと認められ,よつて,原告の当該事業年度の収益に当たると言うべきである。付言するに,今後,本件振込金を退職金として支払った時は,当該年度の損金として処理されることとなる。

4  原告は,保険外交員である大野光枝を公的機関から派遣された者と思い込んで信頼し,同人から本件退職金共済契約を一旦解除し改めて再加入する方が得策であるとの指導を受けるままに被告主張の手続をし,改めて,新規の退職金共済契約を締結したに過ぎず,原告が本件振込金を本件従業員に渡さなかったのはその誤解を懸念したためであり,特に隠蔽したものではないと主張する。

しかし,仮りに右原告主張の事実が認められるとしても,本件預金口座及び本件振込金が本件従業員に帰属していたとは認め難いから,これらの事実をもってしては前記の判断を左右できず,他に前記の判断を左右するに足る主張立証はない。

5  抗弁4の事実は当事者間に争いがなく,利息金40,843円は本件振込金と同じく原告の収益であると認められる。

6  抗弁5の事実は当事者間に争いがなく,支払退職金合計314,800円は原告の損金であると認められる。

7  以上によれば,原告の係争事業年度の所得金額,法人税額及び過少申告加算税額は被告主張のとおりであり,本件処分は正当で原告の請求は理由がない。

三  よって,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行訴法7条,民訴法89条を適用し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 田中恭介 裁判官 榎戸道也)

<以下省略>

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